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 ■ヨーロッパトゥデイ
 

Jos Thone 最強の男の素顔
 6年連続ゼネラルCH賞受賞のスーパーフライター

“ベルギー最強のフライター”と評されるヨス・トーネ。数多の強豪が存在する王国において、6年連続ゼネラルCH賞1位等、手のつけようがない強さを誇る。本誌ではこれまでヨスの強さの秘密をその「血統」から解き明かしてきた。しかし、このヨス・トーネという男は何者だろうか? 何がそこまで彼に「勝利」を求めさせるのだろうか? 改めて、最強鳩舎の素顔に迫る。 

◇ヨス・トーネ鳩舎プロフィール◇

  年齢/44歳(1961年生まれ)
  出身地/ベルギーリンブルグ州 マースメッヘレン
  現住所/リンブルグ州 ニール・ビジ・アス
  家族/妻ガビー、息子クサベラ、マキシムの4人
  翔歴/物心ついた時から鳩舎で遊ぶ。16歳からトーマス・ペータースのハンドラーを
    13年間務めた後、独立
  基礎鳩/アウデ・ディエゴ(1/4ペータース)
  代表ライン/フーデングリジェ、ポコ、SUMO系
  代表翔歴/93年バルセロナIN1歳鳩部門優勝、95年バルセロナIN雌鳩部門優勝、
    96年バルセロナIN優勝、05年ナルボンヌINイヤリング部門ワンツー、06年カオール
    Prov優勝、ゼネラルCH賞6年連続受賞。

 

 何が彼を突き動かしているのか?

 ヨス・トーネは確かに強い。はっきり言って、「ダントツに強い」と言ってもいいほどだ。中距離ではNエースP1位鳩を無数に輩出させ、BDSナショナルCH1位10回、LCBナショナルCH1位10回等、長きに亘って強さを維持し続けている。07年もラ・コロンボフィル・ベルジ誌のタイトルを総なめにした。ナショナル最優秀鳩舎賞、ゼネラルCH成鳩&1歳鳩部門1位を獲得し、6年連続の受賞。その圧倒的なスピード能力を持つレーサー群を武技に、他鳩舎の追随を許さない。
 ところが、困ったことにこの男は長距離どころか超長距離まで強い。バルセロナINを18番にしており、銘鳩ポコ(93年バルセロナIN1歳鳩部門優勝、95年バルセロナIN雌鳩部門優勝)や、ゲルダ(96年バルセロナIN優勝)、アーノルド(97年バルセロナIN優勝)はじめ、数々の銘鳩を生み出してきたことは今更特筆すべきことでもあるまい。
 距離別に専門が細分化されたベルギー鳩界において、この傍若無人ともいえるオールラウンドな強さ。どんなレースでも勝ちに行く姿勢を持ち、それを実現してしまう恐るべき意志の強さ。いったい何が彼の原動力となっているのだろう?
 客観的な分析はできる。赤ん坊の頃から鳩小屋に入り、鳩と戯れる中で培われたセンス。思春期から13年間も大フライター、トーマス・ペータースのプロのハンドラーとして、経験と実績を積み上げてきたという自負と自信。独立し、ヨス・トーネの名で戦うようになってからは、これらすべての財産を生かし、自分 自身の必勝ラインをクリエイトすることに夢中になってきた。ディエゴ、ポコ、SUMOライン・・・。時代を代表する銘鳩を無数に生み出してきた。

 
 

 新たな最強伝説を担うユッタライン

 そう、ヨス・トーネは鳩作りの天才だ。彼の系統作りの秘訣は、何といっても異血選びの妙である。ポコやSUMO等、核になる鳩を独特の嗅覚でつかみ取るや否や、たちまち独自のセンスで異血を微妙に絡め、美しい芸術作品を作るように結晶させてゆく。その組み合わせは決してバラバラになることなく、1つの大きな流れとなつて、銘鳩、エースPを続々と輩出させる。それが彼の継続的な強さの秘密であり、天才と言われる所以である。点から線へ。1粒の水滴から河の流れへ。彼は自在に鳩の血脈を操り、最強のレーサーを作り続けてきた。
 近年、ヨスが発見した新たな核がアーティフィシャル・ユッタである。有名なナショナルTの直子であるサーズに、ワールドCH1位×SUMOの娘を配合して生まれたこの雌鳩は、03年ヴィシーN万羽2位、04年にはNエースPに輝く。優れたレーサーであることは言うまでもないが、ヨスが注目したのはもっと別の部分にあった。その気品、ボディ、血統的背景から新たな河の流れを生み出す源になると直観したのである。
 その直観は当たった。直子にブールジュN万羽2位、15位、中距離NエースP1位等の活躍で衝撃を与えたドラマールを輩出したのである。万羽で抜けるスピード能力に加え、安定して上位を続けるエースPとしての資質は偉大な母と酷似したものだ。
 このユッタのラインは今、最強、ヨス・トーネラインのニューウェーヴとして注目を集めている。スピード、安定性、遺伝力、この3つを兼ね備えたレーサー群が続々誕生し、これまでの常識を覆すようなエネルギーをその小さなボディに秘めて、次なるシーズンを待ち構えているのだ。この新たな流れを誰が止めることができるだろう? 
 このように見てゆくと、ヨス・トーネの鳩へのセンスは飛びぬけて非凡なものであることは理解できる。しかし、何か解せないものがある。それはいったい何だろう? 何がひっかかるのだろうか?

 
 秘密? そんなものないさ

 4月上旬のよく晴れた日曜日、私は久々にヨスの鳩舎を訪ねた。相変わらず美しいガーデンロフトである。4月の柔らかな陽光がよく手入れされた芝生に透射し、世界を緑と空色の2色に染め上げている。そんな中、最強の男、ヨス・トーネが現れる。カジュアルだが小粋な格好をし、その表情はあくまで社交的で、陰りがなく、その身振りはオープンな人のものだ。子供のようなシンプルな笑みを浮かべ、両手を広げて私を迎えてくれる。中庭に面したデッキチェアに座り、雑談を交わしながら、私は彼の顔を見つめる。そこには勝負師特有の神経質な厳しさもなければ、職人特有のかたくなさも見つけられない。育ちのよい好青年(彼は40歳を越えても不思議と青年に見える)が、日曜日の穏やかな昼下がり、趣味について楽しく話している、そんなスノッブな空気が流れる。
 何かが違う、と私は思う。
 そう、私はレースマンに限らず、スポーツ選手であれアーティストであれ、最前線に立っている者には特有の「癖」、人を受け付けない独自な空気のようなものが流れている、と信じる古いタイプの人間である。実際、そうした人々を幾人も見てきたし、彼らの孤高のあり方に魅惑されてもきた。しかし、ヨスにはそう
した「癖」がない。光の下にありながら、影がない人のように。いや、そんなはずはないのだ。彼は何かを隠し持っているに違いない。話の流れの中で、私はある種のジレンマを覚えながら尋ねる。
「でも、きみがそんなに強いのは何か特別な理由があるのじゃないかな。自分でも気づいていないような、ね。伝説の強豪と呼ばれるような人々は、ヤンセンであれファンブリアーナであれ、どこか秘密めいた何かを持っていたものだろう?  きみも何か特別な秘密を持っているんじゃないのかい?」
 するとヨスは一笑に付して答える。
「秘密? そんなものはないさ」
 彼は立ち上がり、私を鳩舎に誘う。まるでそんな観念的なものに戯れている暇など自分にはない、とでも言うかのように、今年の選手鳩のできのよさを口にしながら。

 
 

 鳩と近すぎる男

 風通しのいいすばらしく美しい鳩小屋に入り、2人で鳩をつかむ。ヨスは、1羽の活きのいいワカバトをつかみ、そのボディを丹念に観察する。その瞬間、彼の表情は一辺する。厳しいと言うのでもない、真剣というのでもない、私は即座に形容詞が見つからなかった。ただ、先ほど、デッキチェアの上で世間話をしていた人物とは別の何かがそこに宿っているのを見つける。言うなれば、彼は鳩と融合しているようであった。ヨス・トーネという良き青年であり、良き父であり、良き友人である1人の男の輪郭が融け、鳩と1つになりつつある、陽光を背にしたヨスを眺めているうちに、そんな錯覚が私を襲った。いや、錯覚ではない。彼は、明らかに鳩と何か言葉にならない交流を交わしていた。
「すばらしい鳩だよ」彼は満足げに口にして、私にその灰胡麻を差し出す。最近、売り出しているアーティフィシャル・ユッタの直子ということである。私は鳩の天才が作ったワカバトをつかみ、手の中の感触を楽しみながら、「確かにすばらしいね」と心からの感想を述べる。そして気づく。この男は鳩と一心同体なのだ、と。
 水が水それ自体を意識できないように、光は光を意識できない。ただ鳩と共にいる男。そのシンプルさこそ彼の強さの秘密だとしたら… 私は再び、ヨスの顔を見つめる。彼は、光の中にいた。

 
 
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