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マンモスと形容される埼玉連盟の大看板を背負い続けること、実に18年間。他に協会理事や広域レースの放鳩委員なども兼任し、有給休暇の大半を鳩レース運営のために捧げてきた。就任時、細面の美青年は一見頼りなげだったが、実際には的の真ん中を射抜いた人選だった。 |
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◆荒井 巌鳩舎プロフィール◆
昭和13年12月13日生まれ、埼玉県川口市出身。中学一年生のときに鳩を飼い始め、21歳のときに埼玉中央連合会に入会。30代の初めに連合会長に就任し、36歳のときには会員数2千数百名を擁する“ジャンボ埼玉”の連盟長に。以来実に18年の長きに亘ってその大役を務め続け、協会の理事や広域レースの放鳩委員なども兼任。埼玉連盟55年の歴史の中でも、屈指の功労者と言って良い。また様々な責務を忠実に果たす一方で、レースにも傾注。96年には1万8千羽の参加を集めた東日本CHで総合8位に入賞し、名に実が伴ったリーダーであることを証明した。 |
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↑東日本CHで記録した全261羽の鳩が掲載された「68年度イヤー・ブック」。
←その154頁に足跡を残した“荒波号”。血統書には記されていないが、ベースはシオンとスタッサール、オペルで構成された、由緒正しい長距離バードだ。 |
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| 埼玉連盟45周年の記念式典では、18年間大役を果たした後にバトンを委ねた矢口敏夫さんとともに功労賞を受賞。両人を挟んで左は第六代連盟長の坪井政雄さん、右は“後見人”の柴崎昇一さん。 |
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50周年の記念式典でもその多大な貢献は表彰された。18年と言えば06年当時、ちょうど半世紀を迎えた連盟史の三分の一以上。むろん歴代連盟長の最長任期であり、その長さだけを見ても荒井さんの貢献度は歴然としている。
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95KA38719 B ♂ 荒井 巌鳩舎作翔
96年東日本CH1000K 18,674羽中総合8位・連盟優勝 (分速1331.059m)
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 96年東日本CH&GNの合同表彰式で撮影されたベストテン入賞者の集合写真。二列目真ん中が荒井さん。
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