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的確な戦力分析と状況判断を元に1年間のスパンで緻密な計画を立て、着実に事を運ぶ鳩界屈指の知性派。鳩レースは管理者より鳩にスポットが当たることの多い競技だが、若林元城鳩舎の場合、主役は明らかに本人。「東日本CHで総合100位に入れば個人的には、勝った、と思っている」という言葉が如実に物語る通り、知性派はまた現実的な名利追求とは別の楽しみ方を知悉した、心豊かな粋人でもあった。 |
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◆若林元城鳩舎プロフィール◆
昭和16年8月7日生まれ、東京都品川区出身。小学生の頃に鳩を飼い始め、大学2年生のときに京浜連合会へ入会。すぐさま頭角を現し、63年秋の運輸大臣杯200Kで全東京地区3位、第一回全東京CHでは総合9位に入賞。大学の獣医学科を卒業後は獣医として太田市の酪農組合に就職。80年に低温殺菌牛乳の製造・販売を受け持つ別会社が創設されると専務に任命され、精力的な講演活動や執筆活動を通じてその素晴らしさを世にアピール。多忙のため鳩は不如意な管理体制を余儀なくされたが、これまでに地区CH賞を4回、総理大臣賞北関東地区1位を3回獲得。05年には大病を乗り越えてゴールド賞を受賞。近年は成績よりむしろ純粋にレースを楽しむことに重点を置き、より豊な鳩ライフを満喫している。 |
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05年度ゴールド賞獲得
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05年東日本CHで総合7位を筆頭に最上位へ入賞した3羽。系統を言えば3羽とも同じダイヤモンド・バーカー系だが、内実はかなり異なる。総合7位は若林ダイヤモンド・バーカー系の根幹ライン、総合35位は母方祖父にダイヤモンドラウリス号の名があるが、父鳩は高田ロフト作、母鳩は向井 勉鳩舎作、総合48位の母親は中村岐宏鳩舎作。しかし実は元を正せば3羽とも太田照男鳩舎の筋であり、若林さんは自系統の根幹ラインでまとまるよりむしろ“太田系の勝利”という恰好となったこの結末を喜んでいた。しかもこの結果が決め手となり、ゴールド賞を受賞。名に実が伴った最高のシーズンとなった。 |
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◇ 総理大臣賞北関東地区1位・3回 ◇◇◇
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1度の結果ではなく、地区Nと桜花賞の合計ポイントで争われる総理大臣賞は、その実質的な価値の高さから若林さんが地区CH賞と並んで目標にしていたタイトルで、05年、08年、09年に1位を獲得。
「北関東地区で1位を3回獲ったのは私が初めてかもしれません。3度目をとったら思い残すことはないような気がしていたので09年の秋はモチベーションが下がり、レースを休止しました。ただ地区CH賞の方が4回と中途半端だったことと、もっと鳩レースを純粋に楽しみたいという思いから10年春には気を取り直しました」とは本人の弁。総理大臣賞1位3回の偉業は、ダイヤモンド・バーカー系の図抜けた安定性を物語る証左の一つだ。 |
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